企業において、経理業務の引き継ぎは、組織の円滑な運営を維持するために欠かせないプロセスです。しかし、前任者の突然の退職や、部署異動など、想定外の事態により、あわてて引き継ぎを進めなければならないケースも少なくありません。
本記事では、経理業務の引き継ぎを円滑に進めるための具体的な手順や、マニュアル作成のポイント、引き継ぎがスムーズに行われないことによる企業側のリスクについて解説します。企業の経営者の方や、経理の担当者の方はぜひ参考にしてください。
目次
経理の引き継ぎが発生するシーン
経理の引き継ぎが発生するシーンとして、主に以下のような場合があります。
- 別の部署への異動や地方への転勤
- 経理担当者の突然の退職
- 経理部門での昇格やポジション変更
ここでは、それぞれの具体的なシーンについて詳しく解説していきます。
別の部署への異動や地方への転勤
経理担当者が別の部署に異動したり地方へ転勤する場合に引き継ぎは発生します。異動先での新たな役割に集中するためにも、今までの経理業務を円滑に引き継ぐことが求められます。
特に、経理は会社の財務状況を支える重要な役割を担っているため、漏れなくスムーズな引き継ぎが行われなければ、決算処理や資金管理に影響が及ぶ可能性があります。
従って、引き継ぎ内容としては、日常的な業務手順だけでなく、現在進行中のプロジェクトや年次決算などの重要業務についてもまとめておき、新任者へ伝える必要があります。
さらに、担当者間でのコミュニケーションを密に行い、わからないことがあればすぐに質問できる体制を整えることも理想的です。
経理担当者の突然の退職
経理担当者が急に退職する場合にも引き継ぎを済ませておきましょう。会社は一時的に業務が滞るリスクに直面するため、迅速な対応が求められます。
特に、給与支払いや税務申告などの定期的な業務が遅延すると、会社の信頼や法的な問題に発展する可能性もあるため注意しましょう。突然の退職に備えて、日頃から引き継ぎ資料を整理しておくことが大切です。
担当者が日々行っている業務内容や各種帳簿の管理方法、使用している会計システムの操作手順などを詳細に記録し、社内の共有フォルダやクラウド上に保存しておくことで、急な退職にも対応できる体制が整います。なお、経理の退職理由については、こちらの記事も参考にしてください。
経理部門での昇格やポジション変更
経理部門における昇格やポジション変更は、キャリアアップの一環として大いに喜ばしいことですが、引き継ぎに関しては注意が必要です。新たなポジションでの責任が増える中、従来の業務の引き継ぎを怠ると、組織全体の効率に悪影響を及ぼすことがあります。
特に、昇格によって上位の業務に携わるようになる場合、現場の担当者としての知識が不足しがちな後任者に対し、しっかりとした引き継ぎを行うことが求められます。そのため、業務マニュアルの作成や、引き継ぎ期間中のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を実施することが効果的です。
経理の引き継ぎがされない企業側のリスク
経理の引き継ぎがされないと企業側には以下のようなリスクが発生してしまいます。
- 経理業務のストップや遅延が起きる
- 不正行為が発生しやすくなる
- 情報の漏洩が起きやすくなる
- 後任者の研修に時間とコストがかかる
ここでは、それぞれのリスクについて具体的に解説していきます。
経理業務のストップや遅延が起きる
経理の引き継ぎが適切に行われない場合、日常的な経理業務がストップしたり遅延するリスクが高まります。特に、月次決算や給与支払い、請求書の処理など、期限が決まっている業務が滞ると、社内外に多大な負担がかかります。
例えば、納税期限に間に合わなければ、ペナルティとして罰金を科される可能性もあります。また、支払い遅延による取引先との信用問題に発展すれば、将来的なビジネスチャンスを失うリスクも考えられます。
経理業務は会社全体の資金繰りに直結しているため、スムーズな業務継続が求められますが、そのためには計画的な引き継ぎが欠かせません。
不正行為が発生しやすくなる
引き継ぎが不十分な場合、経理業務における不正行為のリスクが高まります。前任者が詳細な記録を残していなければ、後任者が業務の流れを正しく把握できず、チェック体制が甘くなることがあります。
この状況を悪用して、不正な経費処理や架空請求などの行為が行われることも考えられます。さらに、経理担当者が一人で業務を抱えていた場合、その人しか知らない情報が多いため、透明性が欠如し、不正の温床になりやすいです。
したがって、定期的に業務内容を可視化し、複数人でのチェック体制を整えることが、企業としてのコンプライアンス維持には大切です。
情報の漏洩が起きやすくなる
経理の引き継ぎが十分でないと、情報の管理が甘くなり、重要なデータの漏洩リスクが高まってしまいます。例えば、前任者が退職時に使用していたパスワードやアクセス権限の整理が行われなければ、悪意のある第三者によって機密情報が不正に持ち出される恐れがあります。
また、後任者が適切なセキュリティ対策を理解していない場合、メールやファイル共有の際に誤って外部に情報を送信してしまうリスクもあります。
このような事態を防ぐためには、情報管理のガイドラインを整備し、引き継ぎ時にセキュリティ教育を徹底することが求められます。
後任者の研修に時間とコストがかかる
引き継ぎが不十分な場合、新しい経理担当者の育成に多くの時間とコストがかかります。業務内容が十分に伝わっていないと、後任者は手探りで業務を進めることになり、生産性が低下します。
また、業務の理解が進まないことで、ミスが増え、修正作業に追加の手間がかかることもあります。その結果、通常業務に支障が出るばかりか、他の社員への負担も増大します。
企業にとっては、追加の研修コストや業務の非効率化による損失が発生してしまいます。そのため、引き継ぎの際には詳細なマニュアル作成やOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)の実施など、後任者が早期に戦力化できるような仕組みが必要です。
経理業務を引き継ぐ手順
経理業務は以下のような手順で引き継ぎを行いましょう。
- step1:引き継ぎのスケジュールを決める
- step2:引き継ぐ項目を洗い出す
- step3:引き継ぎマニュアルを作成する
- step4:後任の方への共有する
- step5:実際に経理業務を一緒に行ってみる
step1:引き継ぎのスケジュールを決める
経理業務の引き継ぎを円滑に進めるためには、まず引き継ぎのスケジュールを明確に決めることが重要です。スケジュールを決める際には、退職や異動までの残り日数や、決算期などの業務の繁忙期を考慮する必要があります。
例えば、月次決算や年次決算の直前に引き継ぎを行うと混乱が生じやすいため、余裕を持った期間を設定するのが理想です。また、後任者が新しい業務に慣れるための練習期間を含めることで、業務の移行がスムーズになります。
スケジュールの作成後は、関係者全員に共有し、進捗状況を細かく確認することで、計画通りに引き継ぎが進むよう管理します。
step2:引き継ぐ項目を洗い出す
スケジュールが決まったら、次に引き継ぐべき経理業務の項目をすべて洗い出します。このステップでは、日常的な取引の記帳から月次・年次決算、税務申告、請求書処理、資金管理まで、あらゆる経理業務をリストアップします。
また、経理システムの操作方法や、取引先との支払い条件などの細かな業務内容も忘れずに含めることが大切です。項目を漏れなく洗い出すことで、後任者が業務全体を把握しやすくなり、引き継ぎ後のミスを防ぐことができます。
さらに、業務を洗い出すことで、重要度や優先度に基づいて分類ができ、引き継ぎ後の業務の効率化にもつながるでしょう。
step3:引き継ぎマニュアルを作成する
洗い出した業務項目に基づき、引き継ぎマニュアルを作成します。このマニュアルは、単なる業務の手順書ではなく、実務上のポイントや注意点、トラブル対応策なども含めた詳細な内容とすることが重要です。
例えば、決算業務の際に発生しやすいエラーや、取引先ごとの特別な支払い条件などを記載しておくと、後任者がスムーズに業務を引き継ぐことができます。また、スクリーンショットを活用して会計ソフトの操作方法を見やすくまとめることで、引き継ぎ時の理解を促進できます。完成したマニュアルは、社内で共有しやすいようにデジタル化しておくこともおすすめです。
なお、経理業務のデジタル化には、DX化とIT化があります。経理のDX化については以下の記事を参考にしてください。
また、経理のIT化については、以下の記事もご覧ください。
step4:後任の方への共有する
引き継ぎマニュアルが完成したら、後任者に内容を共有し、事前に目を通してもらいます。この段階では、単にマニュアルを渡すだけでなく、実際に説明する時間を設けて、要点を丁寧に伝えることが求められます。
特に、複雑な決算処理や税務対応については、口頭で補足説明を加えることで理解が深まります。また、後任者からの質問に答えることで、業務の不明点を早期に解消でき、スムーズな引き継ぎが実現します。共有の際には、理解度を確認しながら進めることが、後々のトラブルを未然に防ぐためのポイントです。
なお、後任者からの質問や不明な点があれば、引き継ぎマニュアルに追記しておくことも重要です。
step5:実際に経理業務を一緒に行ってみる
最後に、実際の経理業務を後任者と一緒に行い、実務を通して理解を深めます。このステップでは、単に手順を説明するだけでなく、後任者に実際に操作を任せ、実践的なOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を行うことが効果的です。
例えば、日常的な仕訳入力や請求書処理を後任者に担当させ、必要に応じてアドバイスを伝えていきましょう。また、決算期や税務申告のタイミングでの対応を見せることで、重要な業務に関する理解度が向上します。実践的な引き継ぎを行うことによって、後任者が自分の力で業務をこなせるようになり、抜け漏れのない引き継ぎにつながるでしょう。
経理の引き継ぎマニュアルを作成するポイント
経理の引き継ぎマニュアルを作成する際には、以下のようなポイントを意識しましょう。
- 余裕をもって引き継ぎを進めておく
- 専門用語や難しい言葉を使わない
- 図や表を活用して見やすくする
ここでは、それぞれのポイントや注意点について詳しく解説していきます。
余裕をもって引き継ぎを進めておく
経理の引き継ぎマニュアルを作成する際は、余裕を持ったスケジュールで進めることが肝心です。引き継ぎ作業は、単に業務内容をまとめるだけでなく、後任者がその内容を十分に理解できることが求められます。
そのため、退職や異動が決まってから慌てて作成すると、重要な情報が漏れてしまったり、マニュアルの質が低下するリスクがあります。十分な時間を確保することで、詳細な内容を丁寧に盛り込むことができ、後任者が実務にスムーズに移行できるようになります。
さらに、時間に余裕があることで後任者との質疑応答やフォローアップの機会を設けることができ、業務の引き継ぎがより確実なものとなります。
専門用語や難しい言葉を使わない
引き継ぎマニュアルは、専門知識がない人でも理解できるように作成することがポイントです。経理業務では、会計や税務に関する専門用語が多用されがちですが、後任者が経理未経験者である場合、こうした用語が理解の障壁となる懸念があります。
そのため、専門用語はできるだけ柔らかい言葉に置き換え、必要に応じて簡単な説明を加えることが重要です。例えば、「仕訳」や「減価償却」といった用語には具体的な例を交えて説明すると、より理解が深まるでしょう。
簡潔でわかりやすい表現を心がけることで、後任者がマニュアルを参考にしやすくなり、実務の習得もスムーズになります。
図や表を活用して見やすくする
引き継ぎマニュアルの内容が豊富であっても、文字ばかりでは後任者の理解が追いつかないことがあります。そこで、図や表を活用することで、わかりやすくする工夫が求められます。
例えば、月次決算のフローや各種帳簿の関係性を図で表現することで、全体像が直感的に把握できるようになります。また、請求書処理の手順や経費精算の流れをフローチャートにすることで、複雑な作業もシンプルに理解できます。
さらに、重要な数値やスケジュールは表にまとめることで、一覧で見やすくなり参照しやすくもなるでしょう。図や表を取り入れることで、後任者がマニュアルをより活用しやすくなり、引き継ぎ後の業務も円滑に進めることができます。
なお、経理のマニュアル化については、こちらの記事でも詳しく解説しています。
まとめ
突然の退職や異動によって、経理業務の引き継ぎが発生します。しかし、日頃から準備しておかなければ、急な引き継ぎができず業務が滞ってしまいます。そのため、余裕を持って引き継ぎマニュアルを作成して、後任者の方がしっかり業務内容を習得できるようにしておくことが大切です。
なお、引き継ぎマニュアルの作成を、経理代行会社へ依頼することもひとつの手です。
弊社では、経理代行サービスのビズネコを提供しています。日常的な経理業務だけではなく、会計ソフトの導入支援から財務のコンサルティングまで幅広く対応が可能です。まずは、お気軽にお問い合わせください。
経理の引き継ぎに関するのよくあるご質問
経理の引き継ぎについてのお問い合わせを多くいただきます。ここでは、経理の引き継ぎに関するよくあるご質問についてまとめて紹介します。
経理の引き継ぎ期間はどれくらいがベストですか?
経理の引き継ぎ期間は、通常1〜2ヶ月程度が理想です。日次、月次、年次の業務を一通りカバーするため、1ヶ月以上の期間があると新任者が実務を経験しながら理解を深められます。特に決算期などの繁忙期を避け、余裕を持って引き継ぎを進めることがおすすめです。できれば、日頃から引き継ぎを進めておきましょう。
経理職は何年で慣れますか?
経理職が業務に慣れるには、一般的に2〜3年が目安とされています。最初の1年で基礎的な業務を習得し、2年目からは決算や税務対応といった応用業務に取り組むことで、徐々にスキルが定着していきます。複数の決算期を経験することで、実務経験が安定してくるため、複数人で業務を進めていくことがおすすめです。
引き継ぎ書とマニュアルの違いは何ですか?
引き継ぎ書は後任者へ業務内容や注意点を伝えるための文書で、具体的な手順や進行中の案件に焦点を当てて、引き継ぎ事項をまとめたものです。一方、マニュアルは経理業務全般の標準手順やルールを網羅的にまとめたもので、新任者が独自に業務を進める際の説明書やガイドブックのようなものとなります。